die-in(ダイイン)
「社会」を見つめ、「世界」を感じる。それが悲惨だからこそ。
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「人体の不思議展」のこと
今回は森達也のHPで紹介されていた「人体の不思議展」について書こうと思い、実際にエントリーを何度も書いてみたが、うまく行かない。それは、私にとってこの展示が正視に耐えないものであり、書いても書いてもうまく言葉にならないからだ。
「人体の不思議展」で展示されている「標本」はすべて実際の人体、つまり死体である。筋肉や血管、内臓の配置を見るため、様々に「加工」された死体が並んでいる。この死体については、中国で処刑された政治犯の身体が売買されたのではないかとも言われており、展示方法だけでなく出所についても大きな議論となっている。
出所問題に関しては、以下のURLでアメリカABCニュースの報告を見ることが出来る(日本語字幕つき動画)。
http://www.youtube.com/watch?v=wH0loYU-tLg&hl=ja
http://www.youtube.com/watch?v=wqOzCwbvEXQ&hl=ja

以前にも書いた気がするが、私自身は死後献体となって病理解剖されることを望む者だ。しかし、その生前承諾が、もしこのような「見世物」になることを意味するなら断固拒否するだろう。
とにかく、なんというかだね。どこをどう正当化したって結局は死体を展示しているのに、CMにしろHPにしろ、何の後ろめたさもなく、明るいサイエンス行事のような顔をしている時点でウサン臭い。そんな消毒された清潔なイメージに騙されねえぞ、俺は。
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【2009/02/27 01:59】 | 総論 | トラックバック(0) | コメント(2) |
福祉タクシー券を気持ちよく使いたい
「福祉タクシー券」というのがあります。
まぁ、要はタクシー券ですが、一定以上の「障害(身体・知的・精神的)」を持つ人に対して各自治体が交付していたりします。私の地元・島根ではこういった福祉サービスは無かったので、東京へ引っ越して役所で手続きをするとき、そんな素敵なモンがもらえるのかよと喜んだものです。
とはいえ、東京は公共交通機関が充実しているし、私は内部障害(一種一級の心臓病)で歩行自体が困難なわけではありませんので、あんまりタクシーを使う機会はありません。本当に時たま乗るくらいです。

が、その少ない利用経験の中で、良い思いをしたためしがありません。
福祉タクシー券のサービスにはほとんどのタクシー会社が加盟しており、使えないことはまずほとんどありません。それでも、いざ支払うときに「使えません」では困るので、乗ったらすぐに「福祉タクシー券使えますか?」と聞くようにしています。
そうすると、愛想よくドアを開けてくれた運転手でも「あぁ、使えますよ」と答える時は明らかに嫌そうな表情に変わります。もっと悪い場合には「使えるけど、期限過ぎてないの? ちゃんと(障害者)手帳持ってる?」などと詰め寄られます。明らかに「面倒な客だな」という態度です。
元から無愛想な人ならともかく(それも客商売としてはどうかと思いますが)、福祉タクシー券の名前を出した途端、態度の変わる人があまりにも多過ぎるのです。
あぁ、オラ書いててだんだん腹が立ってきたよ!
タクシー業界は今、経済的にかなり大変です。元々景気に左右される業界ですから、みんなが「じゃあ、タクシーで♪」と言える余裕をなくせば客足が減少する上、失業者が増えたことで運転手になる人は増えているから、客は減ってるのに競争相手は増えている状況です。
おそらく、みなさん経済的にはカツカツの状態で暮らしていらっしゃるでしょう。そんな中、換金の手間がかかる福祉タクシー券は、確かに「嬉しい客」ではないのかも知れません。
しかし、それはそれ。
「障害者」に福祉タクシー券が交付されているのは、そうした人の多くは公共交通機関での移動が困難だったり、そもそも外出自体が健常者に比べれば難しいという事情があるからです。
つまり、福祉が一般的にそうであるように、付加的なサービスではなく、元々あるマイナス(移動困難)を補うためのシステムです。地方自治体によって「タダ乗りさせて頂いている」のではなく、地方自治体によって提供される「権利」を行使しているに過ぎません。
支払いが現金だろうがタクシー券だろうが福祉タクシー券だろうが、お客はお客じゃないですか。むしろ福祉タクシー券を使うような人にこそ、「フツーの客」よりも気遣いがあってしかるべきだと思います。

もちろん、本当に丁寧な対応をしてくれる人も、世の中にはいるのかも知れません。私が出会った運転手たちが、たまたま悪いケースばかりだったのかも知れません。
それにしたって、もうちょっと優しさというかなんというか、そういうのがあって良いんじゃないですか。
タクシー業界には福祉タクシー券について、ぜひとも再教育していただきたいと思います。そして地方自治体でも、福祉タクシー券利用に関する啓蒙活動をして欲しいものです。
あの無愛想な「あぁ、使えますよ」を私はもう聞きたくない。福祉タクシー券を気持ちよく使わせてください。
【2007/12/05 14:29】 | 総論 | トラックバック(0) | コメント(1) |
鶴見済の今に赤木智弘の未来を見る・・・のか?
鶴見済といえば、言わずと知れた「完全自殺マニュアル」の著者だ。
その後「人格改造マニュアル」でも話題を呼んだが、98年に覚せい剤取締法違反で逮捕され、極中記でもある「檻のなかのダンス」辺りで作風が変わる。その後は目立った活躍をしなくなってしまった。
最近になって、本当に偶然、彼の今のブログを発見した。
あまりの変わりように驚いた。かつては自殺を肯定し、自己開発セミナーなどによる人格改造を希求し、薬物を肯定し、かなりアナーキーな印象だったのに、今はなんていうか普通の社会批判だ。
90年代初頭、空疎で薄い社会の中で、鶴見済はハルマゲドンを夢見た。社会がぶっ壊れ、混乱することでもたらされる「濃密さ」を切望していた。
彼が様々な「悪いもの」を求め・肯定せざるを得なかったのは、「そうでもしなければ生きていられない、生きる価値が無い社会」との強烈な切迫感があったからだ。様々な「悪いもの」は時代と格闘するためのツールだった。
しかし、95年に阪神淡路大震災が起こり、オウムが地下鉄サリン事件を起こし、「ハルマゲドンらしきもの」が実施に起きてしまった。
それで社会は「濃密」になったか。
結果はむしろ逆だった。社会はいっそう空疎で、共感不可能で、理解不可能で、浅く、薄く、リアリティの無いものへと加速度的に変容した。

だから、平凡な現実に立ち戻らざるを得なくなったのかも知れない。
現在の鶴見ブログで繰り広げられるのは、グローバル経済への批判であり、環境問題への危惧であり、言ってしまえば「地味」な話題ばかりだ。「完全自殺マニュアル」の頃の刺激的なアナーキズムは無い。
けれど、彼の変容について私は「正しい」と思う。彼の言っていることやイデオロギーが正しいかどうかの問題じゃない。ハルマゲドンを希求した頃の鶴見済が「悪かった」ということでもない。90年代初頭の彼には、それを希求せざるを得ない状況があっただろうし、なんていうか、状況的に仕方なかったんだろうと思う。
それでも、「ハルマゲドン」の洗礼を受けて、死にもせず、薬物中毒にもならず、現実に立ち返ったことに、私は言いようの無い感銘を受けた。
鶴見済は「ハルマゲドン後」の社会と間違いなく向き合った。「向き合う」なんて過去の彼からすれば(もしかしたら今でも)嫌悪すら覚える評し方かも知れないけれど、私はそのことをカッコイイと思う。

それで思い出したのは「希望は、戦争」で話題の赤木智弘だ。戦争によって階層が流動化し、不幸になるにしろみんなに平等の不幸が訪れ、ある種「リセット」された社会を生きていける。死ぬにしても尊厳をもって死ねる。
彼の「戦争」は、おそらくかつての鶴見済にとっての「ハルマゲドン」なのだと思う。
戦争を希求せざるを得ない、ということにまずは深く同情するけれど、それでも、鶴見済が変わらざるを得なかったように、赤木智弘もまた変わらざるを得ないときが来るように私には思える。
そして出来うるならば、それは「ハルマゲドンの洗礼」を受ける前であって欲しいと、切に願う。
【2007/12/04 03:34】 | 総論 | トラックバック(0) | コメント(4) |
「いじめ」を目にしたコシヌケな私
先日、ほぼ満員状態の地下鉄に乗っていると、私の後に中学生の男の子が3人ほど入ってきた。
ちょうど隣に居合わせたので嫌でも会話が入ってくる。
すると2人が寄ってたかって、一人の男子生徒をバカにし続けているのだ。

「お前、空手やってんだろ。強いの? 俺らのことバカにしてんだろ?」
「お前がケンカ強いの知ってんだよ。チャンスやるから一発パンチしてみろよ、ほら」
2人は執拗に”彼”を挑発し続ける。
彼はそれにYesともNoとも答えず、どうにか受け流そうと、マンガを読みながら必死であいまいな返答を繰り返している。

「(話を)流してんじぇねーよ」
2人の中でも特に挑発的な男子生徒が、彼を小突く。
「なんでパンチしねーの? チャンスやるって言ってんじゃん」
「ぶっちゃけ、人殴るの怖いんでしょ?」
「お前、自分のこと強いと思ってんだろ? どうなの?」
へらへら笑いながら、攻め立てる言葉はやまない。

何度も何度も、2人は彼を小突く。
「(強いと思ってるか)なんで答えねーんだよ」と男子生徒が言うと、彼はこう答えた。
「Yesって言えば調子に乗るなって言われるし、Noって言えばバカにされるでしょ。だから答えたくない」
その返答が、彼の立場をすべて物語っていると思った。

「やられたらやり返すって言ってたのに、なんで(俺たちに)やり返さねーの? 有限実行じゃねーの?」
「やり返したら、またやられるでしょ。それじゃ解決しないから」
「へぇー。カァッコイーイ。お前、平和主義者とか、そういう感じなんだ」
いい加減に周囲の人間も、我慢の限界に来ていたのだと思う。
男子生徒がまた彼を小突くと、真後ろにいた男性が男子生徒の頭を押さえ、低い声で言う。
「お前、いい加減にしろよ」

一旦は会話が途切れたものの、中傷はまたすぐに再開される。
私もいい加減、我慢の限界に来た。
男性に注意されて、少しは手数の少なくなった男子生徒が彼を小突いた瞬間、その手をさえぎる。
「やめなさい」

それから3人の降りる駅まで、中傷は少しおとなしくなったものの、それでも、やむことは無かった。
コシヌケな私は、それ以上、制止することが出来なかった。
電車を降りる間際、男子生徒が言った。
「怒られちゃっただろ。こういう公共の場じゃ、なんか俺がいじめてるみたいに見られちゃうけどさぁ」

私が男子生徒を注意したことで、あの”彼”はさらに酷いいじめを受けるのかもしれない。
心から、申し訳ないと思った。
【2007/11/14 02:02】 | 総論 | トラックバック(0) | コメント(5) |
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ささきち

Author:ささきち
1981年生まれ。150cm。
なんかいろいろマイノリティ。
旧ブログはこちらです。
メールはdie-in@excite.co.jpまで。

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