die-in(ダイイン)
「社会」を見つめ、「世界」を感じる。それが悲惨だからこそ。
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えっ、もう大晦日!?
時が過ぎるのは早いものですね。
感覚的には、この前の正月から3ヶ月くらいしかたってない気がしてなりませんが、既に年末だそうです。もう大晦日です。もう~ひとつ寝ると~お正月~♪です。
といっても年末らしいことといえば蕎麦を食ったくらいで、あとは昨日放送していた佐藤さんのTVドキュメンタリー「我が家の出産日記」を鑑賞したり。佐藤さんの最後を考えたら絶対に号泣してしまうので、これは今も幸せに生きている人の話なんだと言い聞かせて観ました。

ただいま地元に帰省中ですが、こちらはそこそこ雪が降っております。
帰って来たら近所のアーケードが無くなっててビビリました。引っ越して3ヶ月しかたってないのに・・・。

時は過ぎ、人は去っていきますが、みなさま良いお年を!
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【2007/12/31 20:33】 | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
訃報 山本孝史さん
自らがんであることを公表し、がん対策基本法や自殺対策基本法の設立に尽力された山本孝史さん(民主党)が22日に亡くなりました。
心よりご冥福をお祈りします。

◆訃報 「国会でがん告白」山本孝史さん死去=民主参院議員(07年12月24日 毎日新聞)
◆山本さん公式Web

ビデオニュースでは過去に山本さんが出演された会を再放送しています。
有料会員のみ視聴可能ですが、レビューはタダで観られます。
◆がん患者の孤独を和らげるために尽力したい
【2007/12/26 17:05】 | ニュース | トラックバック(0) | コメント(2) |
たぶん明日復活です
このところ、バイトが2週間に2日しか休みのない状態+勉学が架橋に入る+飲み会などなどが重なり、まったく更新できてなくてすいません。
7日の死刑執行(実名公表)やら、橋下弁護士の立候補やら、書くべきことは沢山あります。
明日には復帰して新エントリーを更新できる予定です。そのハズです。

それにしても、橋下弁護士は茶髪やカジュアル服をやめたんですね。
公約原案を出したようですが、ブログイに見られるような「チンカス」とかの表現も使ってないし、すごく抽象的でよくわからない文章です。以前の過剰なまでの論調はどこへ行ったのか・・・。
橋下弁護士にしろホリエモンにしろ、「普通じゃない」ことを評価されて候補者に選ばれたと思うのですが、なんで立候補したとたん「普通の人」になろうとするんでしょうか。
むしろ、そこがアピールポイントじゃないんかいって感じです。選挙って今までの自分を否定しないと出れないんでしょうか。
ま、詳しくは後日。
【2007/12/18 16:12】 | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
3名の死刑執行 2007/12/07
帰宅して自分のブログを確認し、今日(日付的には昨日)は更新してないのにやけにアクセスが多いな、と思ったら死刑が執行されたいたのだ。
◆藤間死刑囚ら3人の刑執行=氏名、場所を初めて公表-法相「適正運用理解に必要」(07年12月7日 時事通信)
法務省は7日、神奈川県藤沢市で女子高生一家ら5人を殺害した藤間静波死刑囚(47)=東京拘置所在監=ら3人の刑を執行したと発表した。同省はこれまで、執行の事実と人数だけを公表してきたが、初めて氏名と執行場所などを明らかにした。執行は8月以来で、鳩山邦夫法相の下では初。今年1年間の執行は9人になった。
 ほかに執行されたのは大阪拘置所の池本登(74)、東京拘置所の府川博樹(42)両死刑囚。
 鳩山法相は同日の衆院法務委員会で「死刑が適正に行われているかを被害者、(死刑囚の)親族、国民が知り、理解する必要があると考え、このような形の一定限度の公表を出そうと私が決断した」と説明した。


法務省が、執行時に氏名を公表する旨を発表したのは先月29日だ。
それから10日もたたないうちの執行。執行することが決まっていたから氏名公表の旨を発表したのか、氏名公表に関する運用を変更したから、証明のためのテスト的な執行なのか。
「本音を言えば署名するのは嫌だ」と述べていた鳩山大臣は、どんな気持ちで署名したのだろうか。

鳩山大臣の発言の余波に加え、「新運用」のためか今回は執行に関するニュース記事が相当な数出ている。
◆<死刑執行>氏名公表…遅すぎた「公開」 解説(07年12月7日 毎日新聞)
◆異例ずくめの死刑執行 犯罪事実読み上げ、首相には事前報告(07年12月7日 産経新聞)
◆<死刑執行>「やむを得ない世論」を大事にした 鳩山法相(07年12月7日 毎日新聞)
◆『逃れられない責務』 3人死刑、氏名公表 鳩山法相 背景に被害者尊重論(07年12月7日 中日新聞)
他にも多数。

つい30分前に、東拘の横を通ったんだ。
詳しい記事は後日にしたい。
【2007/12/08 00:56】 | 死刑制度 | トラックバック(0) | コメント(2) |
福祉タクシー券を気持ちよく使いたい
「福祉タクシー券」というのがあります。
まぁ、要はタクシー券ですが、一定以上の「障害(身体・知的・精神的)」を持つ人に対して各自治体が交付していたりします。私の地元・島根ではこういった福祉サービスは無かったので、東京へ引っ越して役所で手続きをするとき、そんな素敵なモンがもらえるのかよと喜んだものです。
とはいえ、東京は公共交通機関が充実しているし、私は内部障害(一種一級の心臓病)で歩行自体が困難なわけではありませんので、あんまりタクシーを使う機会はありません。本当に時たま乗るくらいです。

が、その少ない利用経験の中で、良い思いをしたためしがありません。
福祉タクシー券のサービスにはほとんどのタクシー会社が加盟しており、使えないことはまずほとんどありません。それでも、いざ支払うときに「使えません」では困るので、乗ったらすぐに「福祉タクシー券使えますか?」と聞くようにしています。
そうすると、愛想よくドアを開けてくれた運転手でも「あぁ、使えますよ」と答える時は明らかに嫌そうな表情に変わります。もっと悪い場合には「使えるけど、期限過ぎてないの? ちゃんと(障害者)手帳持ってる?」などと詰め寄られます。明らかに「面倒な客だな」という態度です。
元から無愛想な人ならともかく(それも客商売としてはどうかと思いますが)、福祉タクシー券の名前を出した途端、態度の変わる人があまりにも多過ぎるのです。
あぁ、オラ書いててだんだん腹が立ってきたよ!
タクシー業界は今、経済的にかなり大変です。元々景気に左右される業界ですから、みんなが「じゃあ、タクシーで♪」と言える余裕をなくせば客足が減少する上、失業者が増えたことで運転手になる人は増えているから、客は減ってるのに競争相手は増えている状況です。
おそらく、みなさん経済的にはカツカツの状態で暮らしていらっしゃるでしょう。そんな中、換金の手間がかかる福祉タクシー券は、確かに「嬉しい客」ではないのかも知れません。
しかし、それはそれ。
「障害者」に福祉タクシー券が交付されているのは、そうした人の多くは公共交通機関での移動が困難だったり、そもそも外出自体が健常者に比べれば難しいという事情があるからです。
つまり、福祉が一般的にそうであるように、付加的なサービスではなく、元々あるマイナス(移動困難)を補うためのシステムです。地方自治体によって「タダ乗りさせて頂いている」のではなく、地方自治体によって提供される「権利」を行使しているに過ぎません。
支払いが現金だろうがタクシー券だろうが福祉タクシー券だろうが、お客はお客じゃないですか。むしろ福祉タクシー券を使うような人にこそ、「フツーの客」よりも気遣いがあってしかるべきだと思います。

もちろん、本当に丁寧な対応をしてくれる人も、世の中にはいるのかも知れません。私が出会った運転手たちが、たまたま悪いケースばかりだったのかも知れません。
それにしたって、もうちょっと優しさというかなんというか、そういうのがあって良いんじゃないですか。
タクシー業界には福祉タクシー券について、ぜひとも再教育していただきたいと思います。そして地方自治体でも、福祉タクシー券利用に関する啓蒙活動をして欲しいものです。
あの無愛想な「あぁ、使えますよ」を私はもう聞きたくない。福祉タクシー券を気持ちよく使わせてください。
【2007/12/05 14:29】 | 総論 | トラックバック(0) | コメント(1) |
「ほのめかし」の謎
よく事件報道で、取調べが始まって間もない被疑者について「××への関与もほのめかしています」といった言葉を耳にする。この「××」に入るのはたいてい「殺害」で、例えば死体遺棄容疑で捕まった被疑者が「殺害への関与もほのめかしています」となる。
これが昔から不思議だった。
まず「殺害をほのめかす」の具体的な状況があまり想像できない。
取調べを受けながら「(遺体を)埋めたのは埋めたんですけど、なんで死んでたかって言われたら、それは、こう、ちょっと、あれした感じで」かなんか言うのだろうか。あるいは「殺したか殺さないかって言われると、そりゃ、まぁ、どっちかっていうと、なんか、あれなんですけど」とかそんな具合だろうか。
いずれにしても不思議なのは、殺害を「ほのめかされた」取調官のほうが、なぜ突っ込んで決定的な回答を得ようとしないかだ。
だってそうだろう。プリンを食った食わないくらいの話なら「ほのめかし」をスルーする場合もあるだろうが、ことは殺人だ。取調べの最中、相手がそんなことをほのめかし始めたら、どう考えたって「それで、結局やったのかやってないのか!」とハッキリさせたくなる。
それなのに、「ほのめかしている」状態のまま、その場で問い詰めない取調官がどうにも多いんだ。日本中に山ほどいる。そうでなきゃ、あんなに頻繁に「ほのめかしています」という報道を見聞きしないだろう。

今枝弁護士のブログを読んで、その謎が解けた。
逮捕後の拘留には期限がある。死体遺棄で逮捕した直後に殺害を認めた場合、ほとんどタイムラグが無いので、殺人罪で再逮捕しても拘留期限はさほど伸びない。一方で、死体遺棄容疑で逮捕し、拘留期限が満了になると同時に殺人罪で再逮捕すれば、それから改めて拘留期限が設けられるから、要するに二倍の期間拘留しておくことが出来る。
つまり、拘留期間を延ばすために、わざと「ほのめかしている」状態で留保しておくということだ。「ほのめかし」報道の根源には、取調期間を延ばすための戦術があるらしい。
まぁ、そんなことやってるから「人質司法」なんて呼ばれてしまうわけだけど。
【2007/12/04 17:26】 | 司法 | トラックバック(0) | コメント(2) |
鶴見済の今に赤木智弘の未来を見る・・・のか?
鶴見済といえば、言わずと知れた「完全自殺マニュアル」の著者だ。
その後「人格改造マニュアル」でも話題を呼んだが、98年に覚せい剤取締法違反で逮捕され、極中記でもある「檻のなかのダンス」辺りで作風が変わる。その後は目立った活躍をしなくなってしまった。
最近になって、本当に偶然、彼の今のブログを発見した。
あまりの変わりように驚いた。かつては自殺を肯定し、自己開発セミナーなどによる人格改造を希求し、薬物を肯定し、かなりアナーキーな印象だったのに、今はなんていうか普通の社会批判だ。
90年代初頭、空疎で薄い社会の中で、鶴見済はハルマゲドンを夢見た。社会がぶっ壊れ、混乱することでもたらされる「濃密さ」を切望していた。
彼が様々な「悪いもの」を求め・肯定せざるを得なかったのは、「そうでもしなければ生きていられない、生きる価値が無い社会」との強烈な切迫感があったからだ。様々な「悪いもの」は時代と格闘するためのツールだった。
しかし、95年に阪神淡路大震災が起こり、オウムが地下鉄サリン事件を起こし、「ハルマゲドンらしきもの」が実施に起きてしまった。
それで社会は「濃密」になったか。
結果はむしろ逆だった。社会はいっそう空疎で、共感不可能で、理解不可能で、浅く、薄く、リアリティの無いものへと加速度的に変容した。

だから、平凡な現実に立ち戻らざるを得なくなったのかも知れない。
現在の鶴見ブログで繰り広げられるのは、グローバル経済への批判であり、環境問題への危惧であり、言ってしまえば「地味」な話題ばかりだ。「完全自殺マニュアル」の頃の刺激的なアナーキズムは無い。
けれど、彼の変容について私は「正しい」と思う。彼の言っていることやイデオロギーが正しいかどうかの問題じゃない。ハルマゲドンを希求した頃の鶴見済が「悪かった」ということでもない。90年代初頭の彼には、それを希求せざるを得ない状況があっただろうし、なんていうか、状況的に仕方なかったんだろうと思う。
それでも、「ハルマゲドン」の洗礼を受けて、死にもせず、薬物中毒にもならず、現実に立ち返ったことに、私は言いようの無い感銘を受けた。
鶴見済は「ハルマゲドン後」の社会と間違いなく向き合った。「向き合う」なんて過去の彼からすれば(もしかしたら今でも)嫌悪すら覚える評し方かも知れないけれど、私はそのことをカッコイイと思う。

それで思い出したのは「希望は、戦争」で話題の赤木智弘だ。戦争によって階層が流動化し、不幸になるにしろみんなに平等の不幸が訪れ、ある種「リセット」された社会を生きていける。死ぬにしても尊厳をもって死ねる。
彼の「戦争」は、おそらくかつての鶴見済にとっての「ハルマゲドン」なのだと思う。
戦争を希求せざるを得ない、ということにまずは深く同情するけれど、それでも、鶴見済が変わらざるを得なかったように、赤木智弘もまた変わらざるを得ないときが来るように私には思える。
そして出来うるならば、それは「ハルマゲドンの洗礼」を受ける前であって欲しいと、切に願う。
【2007/12/04 03:34】 | 総論 | トラックバック(0) | コメント(4) |
自民党議員が死刑廃止議連に加盟
加藤紘一氏、死刑廃止議連に加盟(07年11月30日 朝日新聞)
 鳩山法相の「死刑執行が自動的に進む方法はないか」との発言をきっかけに、自民党元幹事長の加藤紘一衆院議員が29日、死刑廃止議員連盟(亀井静香会長)に加盟した。野党議員が中心の議連に自民党議員が新たに加わるのは異例。
 加藤氏は「鳩山発言は軽はずみだが、(死刑執行の命令書に)『署名したくない』という気持ちを感じた。冤罪の可能性もあり、自分も法相だったら執行したくないなと考えた」と話し、「単なる勇気のなさから来る発言なのか、何らかの問題提起なのかを確かめるためにも、議連で勉強をし、鳩山氏とも議論したい」と意欲を見せた。


廃止議連のメンバー全員の名前を私は知りませんが、基本的に野党議員だというのはなんとなく知っていました。会長である亀井静香(亀井…じゃなくて加盟当時は自民党)や鈴木宗雄(同じく加盟当時は自民党)の存在は異例とされていましたからね。
このような展開になるのを見ると、やはり「鳩山発言は存置派からするとオウンゴールだった」説を改めて実感します。
加藤議員についてはよく知りませんが、かつてYKKと呼ばれた一人ですよ。
現時点でどれだけ政治的な影響力があるかは存じませんが、名の知れた議員であることは間違いありません。鳩山発言のオカゲで、廃止議連に「大物議員」が一人加わったわけです。

それにしても、廃止議連に入る与党議員は、なかなか与党で居続けることが出来ないというジンクスがあるように思います。
先に紹介した二人の議員も、亀井議員は郵政選挙を機に野党となり、鈴木議員はアレコレあって一度は議員を辞めたり逮捕された末に野党議員として復活しました。死刑制度への賛否と政治家としての根幹姿勢は、どこかで繋がっているのかも知れません。
二人とも直接的に死刑制度の問題で離党しているわけではありませんが、死刑廃止を訴えるような価値観と、政府(特に最近の政府)の根底にある何かしらの価値観がどうしても相容れないのではないかと思います。
「何が良きことか」「何が良き社会か」といった根本的な価値観や、「国家観」とでも呼ぶべきものが、死刑制度への賛否に現れるのではないでしょうか。
だから、最初は同じ自民党にいても、結局は様々な場面で意見が対立し、決別に至るのかなーと思います。

そう考えると、もしかしたら加藤議員も…と想像してしまいます。
実際、加藤議員は小泉総理時代に小泉批判をする数少ない自民党議員でした。また、(おそらくは)歴史認識の問題で右翼から放火の被害にもあっており、最近の「右傾化する自民党」的なものとは一線を画しています。
別に自民党議員を応援する謂れはありませんが、この行動で加藤支持が低下するようなことにはなって欲しくないものです。「廃止論者だから参加」とは明言していないものの、廃止議連に入ったことで支持母体から批判される可能性もありますから。
【2007/12/02 16:20】 | 死刑制度 | トラックバック(0) | コメント(0) |
犯罪被害と報道被害
みのもんた謝罪なし「朝ズバッ」でアノ人に疑惑の目
 殺害された姉妹の父、山下清さん(43)は、TBS系の情報番組「朝ズバッ!」で疑惑の目を向けてきた司会のみのもんた氏=写真=に怒りをあらわにしていた。28日の同番組でも事件を大々的に取り上げたが、みの氏から山下さんに対する謝罪の言葉などは聞かれなかった。
(中略)
 19日放送の同番組では、山下さんが事件に気づいてから警察に行くまでの“空白の1時間”を取り上げ、みの氏が「普通だったらそのまま電話しないかね」「不思議だね」と首をかしげていた。これに対し、山下さんは「みのもんたさんに聞きたかった。オレが殺したんか、と」などと、一部メディアで激怒していた。

偏向報道番組として名高い「朝ズバッ」や、普段から差別発言の多いみのもんたについて、今更言っても無意味だとは知りつつ。

事件情報に接する中で、自分なりに「この人が怪しいんじゃ」と思うことは誰にでもあります。しかし、それを仮にも「報道番組」の中で言動に出すのがどういうことか、松本サリン事件の誤報を引き合いに出すまでも無く、分かりきったことです。ましてやキャスターを生業としている以上、当然分かっていなければなりません。
ブログ問題で処分された芸能人に限らず、報道の影響を受けて「あいつがやったんだ。なんで早く捕まえないんだよ」と思う人も、少なからず出てくることでしょう。
もちろん、こうした報道の傾向は他の番組にも見られたことかも知れません。
しかし私はやはり、みのもんたの態度に取り分け怒りを覚えます。

みのもんたは言うまでも無く、過剰なまでの重罰化論者・死刑推進論者です。その理由として「遺族がかわいそう」と常々繰り返して来ました。
今回の報道もそうであったように、いつも被害者の写真パネルなどを使い、(被害者が子どもの場合は特に)感情をあらわにして「いかに被害者・遺族が可愛そうか」をアピールして来ました。そして、そのことを根拠に「こんなやつは死刑で当然だ」と言ってきたわけです。
この事件では、自分の家族が行方不明になり、血痕が見つかり、放送当時の山下さんの心中はいかばかりだったでしょうか。
その苦痛の最中、テレビで「有名司会者」が、さも自分が犯人であるかのように言っている。周囲からもそのような目で見られる。これがどれほど言語を絶する苦痛であるか、察するに余りあります。
しかし、常日頃「ご遺族の気持ちが」と繰り返しているみのもんたは、これについて謝罪していないのです。
「被害者感情」を切り札のように使い、「被害者感情」を根拠に重罰化を煽っていた人間が、自分が遺族を報道被害の「被害者」にしてしまったことには触れない。これでは、被害者遺族を自分にとって都合の良いように利用しているだけです。
今までも問題発言等があると、謝罪するのは決まって柴田アナウンサーの勤めで、発言をした本人であるみのもんたがマトモに謝罪したことはありません。今回は今のところ、柴田アナウンサーによる謝罪すら無しです。
なんて言うかもう、人として、本当どうかと思います。

【動画】
オヤジを犯人扱いしたみのもんたと朝ズバッ!スタッフの対応
【2007/12/01 22:25】 | ニュース | トラックバック(0) | コメント(0) |
自殺の事実を黒塗りで隠すな
福岡いじめ自殺:黒塗り記録に不服 両親が法相に開示請求(07年11月30日 毎日新聞)
福岡県筑前町の中学2年、森啓祐君(13歳)がいじめを苦に自殺したことを巡り、両親が30日、福岡法務局の人権侵犯調査記録の大半が黒塗りだったことを不服として、鳩山邦夫法相に審査請求書を提出した。行政不服審査法に基づき、黒塗り部分の開示を求める。(後略)

元サイトでは記者会見の写真が載っており、人権侵犯調査記録を手にしたご両親の様子が分かります。元の字数が定かではないので断定できませんが、見たところ8~9割くらい塗りつぶされているのではないかと思える状態です。よくこんなものを遺族に出したなと思います。
この件に限らず、自殺の場合は自殺であること自体が伏せられたり、「死んだものを今更詮索するな」という周囲の雰囲気に遺族が圧倒されて、死の真相を知れないケースが多々あります。
そして、遺族がその後の生活を送っていく中で、なぜ死んだのかが分からないことは大きな苦しみの原因ともなります。
政府は近年になってようやく自殺対策に手をつけ、年間自殺者が3万人を超えて8年もたってから「自殺対策白書」を初めて発行しました。しかし、この福岡法務局の対応を見る限り、未だに自殺や、その背景を隠蔽しようとする強い姿勢が見受けられます。
自殺予防の観点からも、遺族支援の観点からも、情報公開は必須です。だれが、なぜ、亡くなってしまったのか。その事実と向き合わない限り、状況は前進しないのですから。
【2007/12/01 20:23】 | 自殺 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「死刑執行の氏名公表=被害者のため」なのか?
死刑執行の氏名を公表 法務省方針 被害者感情を重視(07年11月30日 産経新聞)
法務省は29日、死刑を執行した死刑囚の氏名を公表する方針を決めた。死刑執行の公表内容を変更するのに法改正などの手続きは必要なく、次回行う死刑執行時からスタートさせる。同省はこれまで死刑囚の家族らへの配慮などを理由に、死刑執行直後に執行した事実と人数を公表するにとどめ、死刑囚の氏名は公式には明らかにしてこなかった。犯罪被害者の立場を重視すべきだとの世論などに後押しされた形で、死刑執行をめぐる情報公開が大きく前進することになった。(後略)

死刑執行について、だれを執行したのか法務省が公表する方針に変更したようです。
現状も報道などでは氏名が出ていますが、あれは死刑廃止運動を行っている団体などが調査し、報道機関に伝えているもので、法務省の正式な発表内容ではありません。
こうした「情報公開」は、むしろ死刑廃止運動の側から長年要求されてきたことです。「廃止って言ってるのに、なんで氏名の公表を求めるんだよ。プライバシー侵害じゃないのか、人権人権っていう癖になんだよそれ」と思われるかもしれませんが、これには理由があります。
執行人数や氏名を公表する「情報公開」は、現に行われている死刑執行の実情を社会に明らかにする手段の一つです。極端な話し、目の前でよく知っている人が殺されれば、それがいかに凶悪犯罪を犯した人の死刑執行であっても、無視したり、単純に「正義」と思うことは難しくなるでしょう。
死刑制度が秘密主義で行われている現状では、そうした「リアリティ」が社会から奪われます。誰も知らないうちに、誰か分からない人がいくら殺されても、あまり気にならないわけです。
だからこそ、廃止運動の側が氏名を調査し、情報公開を求めているのです。
毎日新聞の記事では、以下のような理由も記載されています。
【視点】裁判員制度にらみ転換 死刑執行の氏名公表(07年11月30日 毎日新聞)
(以下、一部のみ抜粋)
また、一般国民が無作為に裁判員として選出される裁判員制度が21年5月までに導入されることも、死刑執行の情報開示に関する法務省の方向転換の伏線となった。
 裁判員は裁判官とともに被告人が有罪の場合には量刑も判断しなければならない。裁判員が扱う裁判は、殺人や強盗殺人など量刑に極刑が含まれる犯罪が大半を占めるとみられ、裁判員が死刑言い渡しの是非を判断する局面が出てくる。
このため、死刑の実態を知らされないまま、量刑を判断することが、司法の公正性を維持していくうえで弊害にならないかという問題が浮上してきた。

最後にある「死刑の実態を知らされないまま、量刑を判断することが、司法の公正性を維持していくうえで弊害にならないかという問題が浮上してきた」といった視点は、死刑廃止運動の立場から情報公開を求める人々の視点と共通しています。

そんな具合なので、私は公表すること自体には賛同します。
ただ気になるのは、記事にある公表理由が「被害者感情を重視」とされていることです。これはつまり、被害者(厳密にはほとんどの場合が遺族)にとって、死刑の執行が望ましいものとして受け入れられている、執行された報を聞けば遺族が安心できる、といったことが前提になっているわけです。
少数ではあれ死刑を望まない遺族もいるし、死刑を望んでいるにしろ、だからといって執行のニュースを単純に「嬉しい」と感じない場合もあるでしょう。事件のことを忘れようと必死に生活している中、執行のニュースを聞いて心中穏やかでなくなる人だっているかも知れません。
「被害者感情を重視するから執行の情報公開」というのは、そうした人々を無視した発想です。
また、実は殺人事件の多くは、家族や親族などの知り合いが加害者です。最近では家族内殺人も多く報道されていますが、そうした場合、被害者遺族は加害者家族でもあるわけです。
そのような人が、死刑の執行によって二重の意味で遺族となることが「幸い」でしょうか。むしろ基本的には「大いなる悲劇」のように思います。

もちろん、死刑の執行によって安心したり、事件について区切りとできる遺族もいるでしょうし、そうした遺族感情を否定する気はありません。
しかし、やはりこのような「加害者が死んだと聞けば遺族は喜ぶだろう」的な安易な「遺族観」には疑問を覚えます。
【2007/12/01 00:39】 | 死刑制度 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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ささきち

Author:ささきち
1981年生まれ。150cm。
なんかいろいろマイノリティ。
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