die-in(ダイイン)
「社会」を見つめ、「世界」を感じる。それが悲惨だからこそ。
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【イベント】「死刑 ― 作家の視点、言論の責任 ― 」
あ、事前に告知のエントリーを立てておけばよかった。
ちょっと行けるか微妙だったものですから。平日だしな。って失業者には曜日なんて関係ないけど☆

そんな訳で、日本ペンクラブ主催のシンポジウム「死刑 -作家の視点、言論の責任-」に行ってきました。瀬戸内寂聴さんの講演 → 森達也(作家)・篠田博之(「創」編集長)・川村湊(文芸評論家)の発言といった流れ。
司会の人が、なんっか観たことあるな~??と思っていたら、NHK裁判の回で丸激に出演されていた山田健太さんだった。

死刑制度に元から関心のある人間にはさして新鮮味の無いものだったけど、篠田さんが宅間守や小林薫を引き合いに出して仰っていた「(死刑になることで)死にたいと思い、いわば自殺のために犯罪を起こす人たちにとって、死刑は抑止どころか動機になっている。そうした人たちにとって、死刑は刑罰たりうるのか。死ぬために犯罪を犯す人にとって罰とは何なのか」という趣旨の発言は考えさせられるものだった。
フォーラム90が発行した最新の会報(?)でも、裁判への希望を捨てて「死んで償う」という考えを持つ死刑囚が増加する中で、いかに死刑制度に抗うのかが問題提起されており、「自ら死のうとする加害者」は極めて今日的な大きな問題だと感じる。
ちなみに、この論点については以前、いとうせいこうも自身のブログで問題提起していた。
http://ameblo.jp/seikoito/entry-10180355724.html
http://ameblo.jp/seikoito/entry-10181742142.html

私もこの点について未だ答えは出ないが、現時点で一つだけ思うのは、「自分の過去からも未来からも目を背けさせない」ということだ。
自分の犯した過去=罪と向き合うこと。
絶対に復帰できない(生き返らせることの出来ない)罪を背負って生きること。
それが、人を死に至らしめた人間にとって最低限の義務であると私は思う。自分の罪を正当化し、死刑制度によって自分の犯した罪や自分の人生それ自体から逃げようとする人々がいる中で、死刑はアムネスティなどの訴える「残虐な刑罰」ですらありえない。

といったわけで、今日買った篠田博之著「ドキュメント 死刑囚」が今日から私の読書課題。
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【2009/03/05 23:59】 | 死刑制度 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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