die-in(ダイイン)
「社会」を見つめ、「世界」を感じる。それが悲惨だからこそ。
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2008年の自殺者数も3万人超え
昨年の自殺者数も3万人を超えていたことは、先月22日に発表されていたが、その時点ではさして大きく扱われなかったように思う。既に「年間自殺者3万人」はたいしたニュースにすらならなくなって来ているのだろうか。

本日、初めて月別の自殺者数が発表されたことで報道が大きくなった。
◆自殺者、1月は2645人…いのち守る動き広がる
◆自殺者数、11年連続3万人超 不況で増加警戒
以前にも書いた気がするが、この「自殺者数の月ごと発表」はライフリンクなどの市民団体が要望していたもので、発表までの動きはかなり迅速だった。記事にもあるように、金融危機の影響で年度末に更なる自殺増加が懸念されており、そのためのスピード改革だと思われる。
自殺者数が急増し、初めて自殺者数が3万人を超えたのは1998年だが、この年も正確には3月以降に自殺者が急増している。「100年に一度の経済危機」といわれる今年、自殺者数がどのような推移を見せるのか、引き続き注目したい。

一方で忘れてならないのは、「一人の死は悲劇だが、100万人の死は単なる統計に過ぎない」というスターリンの言葉である。
「年間自殺者3万人」のそれぞれに、極めて個人的で個別的な「それぞれの人生」があったことを、私は決して見失いたくない。
【2009/03/06 00:16】 | 自殺 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【イベント】「死刑 ― 作家の視点、言論の責任 ― 」
あ、事前に告知のエントリーを立てておけばよかった。
ちょっと行けるか微妙だったものですから。平日だしな。って失業者には曜日なんて関係ないけど☆

そんな訳で、日本ペンクラブ主催のシンポジウム「死刑 -作家の視点、言論の責任-」に行ってきました。瀬戸内寂聴さんの講演 → 森達也(作家)・篠田博之(「創」編集長)・川村湊(文芸評論家)の発言といった流れ。
司会の人が、なんっか観たことあるな~??と思っていたら、NHK裁判の回で丸激に出演されていた山田健太さんだった。

死刑制度に元から関心のある人間にはさして新鮮味の無いものだったけど、篠田さんが宅間守や小林薫を引き合いに出して仰っていた「(死刑になることで)死にたいと思い、いわば自殺のために犯罪を起こす人たちにとって、死刑は抑止どころか動機になっている。そうした人たちにとって、死刑は刑罰たりうるのか。死ぬために犯罪を犯す人にとって罰とは何なのか」という趣旨の発言は考えさせられるものだった。
フォーラム90が発行した最新の会報(?)でも、裁判への希望を捨てて「死んで償う」という考えを持つ死刑囚が増加する中で、いかに死刑制度に抗うのかが問題提起されており、「自ら死のうとする加害者」は極めて今日的な大きな問題だと感じる。
ちなみに、この論点については以前、いとうせいこうも自身のブログで問題提起していた。
http://ameblo.jp/seikoito/entry-10180355724.html
http://ameblo.jp/seikoito/entry-10181742142.html

私もこの点について未だ答えは出ないが、現時点で一つだけ思うのは、「自分の過去からも未来からも目を背けさせない」ということだ。
自分の犯した過去=罪と向き合うこと。
絶対に復帰できない(生き返らせることの出来ない)罪を背負って生きること。
それが、人を死に至らしめた人間にとって最低限の義務であると私は思う。自分の罪を正当化し、死刑制度によって自分の犯した罪や自分の人生それ自体から逃げようとする人々がいる中で、死刑はアムネスティなどの訴える「残虐な刑罰」ですらありえない。

といったわけで、今日買った篠田博之著「ドキュメント 死刑囚」が今日から私の読書課題。
【2009/03/05 23:59】 | 死刑制度 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「人体の不思議展」のこと
今回は森達也のHPで紹介されていた「人体の不思議展」について書こうと思い、実際にエントリーを何度も書いてみたが、うまく行かない。それは、私にとってこの展示が正視に耐えないものであり、書いても書いてもうまく言葉にならないからだ。
「人体の不思議展」で展示されている「標本」はすべて実際の人体、つまり死体である。筋肉や血管、内臓の配置を見るため、様々に「加工」された死体が並んでいる。この死体については、中国で処刑された政治犯の身体が売買されたのではないかとも言われており、展示方法だけでなく出所についても大きな議論となっている。
出所問題に関しては、以下のURLでアメリカABCニュースの報告を見ることが出来る(日本語字幕つき動画)。
http://www.youtube.com/watch?v=wH0loYU-tLg&hl=ja
http://www.youtube.com/watch?v=wqOzCwbvEXQ&hl=ja

以前にも書いた気がするが、私自身は死後献体となって病理解剖されることを望む者だ。しかし、その生前承諾が、もしこのような「見世物」になることを意味するなら断固拒否するだろう。
とにかく、なんというかだね。どこをどう正当化したって結局は死体を展示しているのに、CMにしろHPにしろ、何の後ろめたさもなく、明るいサイエンス行事のような顔をしている時点でウサン臭い。そんな消毒された清潔なイメージに騙されねえぞ、俺は。
【2009/02/27 01:59】 | 総論 | トラックバック(0) | コメント(2) |
経済危機が「死刑廃止」を生むのか? -アメリカ発のニュースより-
明日というか今日は撮影のため、昼には出かけなくてはならないのに、どうも寝るモードにならないのでもう一つエントリー。
アメリカ発の金融危機が世界的に大きな打撃を与える中、こんなニュース記事があった。
◆米各州で死刑制度廃止の動き、経費削減のため
以下、記事より抜粋。
【2月18日 AFP】米国のいくつかの州が死刑制度の廃止を検討している。経済危機に見舞われ州の財政が苦しいなか、死刑制度を維持する費用が大きすぎるのがその理由だ。
(中略)
■財政負担が大きい死刑制度
 死刑廃止による予算節約効果は大きい。死刑を執行するまでにかかるコストは終身刑の10倍に上る場合もある。
 死刑に関しては、判決が下されるまで裁判が複雑化・長期化する傾向がある。被告が上訴してさらに長期化する場合も多い。さらに死刑を求刑される被告は自費で弁護士を雇えないことも多いが、その場合は公選弁護人の費用も州政府が負担せねばならない。また、収監施設や死刑執行室の維持費も州の財政にとって大きな負担だ。
(後略)

現在、アメリカでは50州の内36州で死刑が存置されているが、記事によれば、その中で少なくとも4つの州(主に死刑執行の少ない州)が財政的理由から死刑廃止を検討しているという。
死刑存置派の中には「凶悪犯を税金で食わせるなんてけしからん! さっさと処刑して当然!」といった意見を口にする人もいるが、実は日本においても、無期懲役より死刑のほうが「高コスト」である。
また死刑事件を扱う弁護士に対して「悪者の見方をするなんてけしからん」とか「金ももらわずに弁護するなんて、裁判を自分の思想に利用しているからだ」といった非難がしばしば浴びせられるが、日本においても死刑事件の被疑者は弁護士費用を支払えないケースが多い。そのため無償で受任する弁護士が1人もいなければ、国選弁護人が弁護に当たる他ない。その場合の弁護士費用は、当然、税金である。つまり、無償もしくは低賃金で私選弁護人になる人々がいるからこそ、「税金(国選)による凶悪犯の弁護」は阻止されているのである。

しかしまぁ、なんというか、アメリカって実に「合理的」な国ですね。死刑のほうが「お高くつく」ってことは廃止運動をしている人の中では割と常識だが、金銭的な理由で廃止が検討されるという話は聞いたことが無い。もしかしたら初めてかもしれない。
ナイーブな日本人である私としては、死刑廃止派にも拘らず「金で人命を左右するって、どーなのよ!?」などと思ってしまうのだけど。
【2009/02/26 03:34】 | 死刑制度 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「死」を笑う人々
約半年ぶりの更新ですがナニカ?
わたくしは昨年仕事を辞め、クリスマスから帰省してました。地元で検査入院をしたり、薬害肝炎裁判の傍聴をしたり、友人の生活保護申請を手助けしたり、なんだかんだで2ヶ月経過。アンリャー。
もちろんこと、私が沈黙している間にも社会は動き、昨年の自殺者も11年連続で3万を超えたことが分かり、年末は派遣村がニュースを席巻し、2ヶ月スパンを崩すまいと1月末には死刑が執行され、泥酔会見で大臣が退陣し、その大臣を「頑張れ、日本一!」と励ます妻がおりと、まーアレだ。
アレってナンだ?

私がかつてストーカ(げふ)、じゃなくて追っかけをしていた鳩山元法務大臣(現総務大臣)も、今やかんぽの宿問題で時の人である。
死刑廃止議連事務局長の保坂議員と、13人の死刑執行命令を出した鳩山大臣が、かんぽの宿問題で意気投合する時代である。いやぁ、10年一昔ですな。って、10年どころか1年も経っていないが。
しかし、鳩山大臣の死刑に対する考えはもちろん変わっていない。
◆「沈没」「死刑執行」、相次ぐ不用意発言
文末より引用。
「昨年は法務大臣をいたしまして、13人ばかり死刑を執行いたしましたので、朝日新聞から『死神』という称号を与えていただきましたが、現在はかんぽの宿の守り神として仕事をしておる鳩山邦夫でございます」
ぶっちゃけ、鳩山議員は法務大臣時代から失言の多い方で、友人の友人がアルカイダとか何とか言っておられましたから、この発言自体にはさほど驚きません。映像を見ると後ろに地方議員か候補者らしき姿が見られ、おそらく身内(自民党内)の人が集まるような場所での発言っぽいので、かんぽの宿問題でこれだけ調子に乗っ(げふ)、勢いのある時期なら失言の一つや二つは想定範囲内。
むしろ私が驚いたのは、この発言で場内に笑いが起きていることだ。
「昨年は法務大臣をいたしまして、13人ばかり死刑を執行いたしましたので(場内:笑い)、朝日新聞から『死神』という称号を与えていただきましたが(場内:笑い)、現在はかんぽの宿の守り神として仕事をしておる(場内:笑い&歓声)鳩山邦夫でございます(場内:拍手)
といった具合だ。同記事前半で紹介されている笹川総務会長の発言でも、同じく場内はウケている。ちなみに、笹川発言は国会議員のパーティーでなされたものだそうである。

まず単純に言って、人の死を軽々しく「パーティージョーク」に使うのはバカ者のやることである。それを聞いて笑うのも愚か者である。
恐ろしいのは、このような、人の死を笑いのネタにした発言をすることで「批判されるかも」と想像するどころか「ウマイこと言ったからウケるに違いない」と感じるような言論空間で、多くの国会議員が生活していることだ。ましてや鳩山大臣に至っては、自らが命を奪った(そのためのGoサインを出した)相手の死を「笑いのネタ」にしているのである。
そして現に先の発言は、(少なくとも現場においては)笑いを取り、「問題」ではなく「パティージョーク」として成立した。多くの政治家の中で。
しかも見落とせないのは、この二つの発言で引き合いに出されているのは、いずれも国家権力が絡んだ「人の死」である。
えひめ丸事件は、アメリカ海軍という強大な国家権力の人為的ミスによって人名が奪われた。13人の死刑囚は、発言した本人である鳩山議員の法務大臣権限によって、つまり鳩山大臣が発動させた日本国家の権力によって処刑された。
国会議員として国家権力を行使する側の人々が、何故ここまで「国家権力が奪った命」に無神経でいられるのだろうか。そのズバ抜けた「欠落」こそが、私は恐ろしい。
【2009/02/26 02:44】 | 死刑制度 | トラックバック(0) | コメント(3) |
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ささきち

Author:ささきち
1981年生まれ。150cm。
なんかいろいろマイノリティ。
旧ブログはこちらです。
メールはdie-in@excite.co.jpまで。

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